ぱややん日記(雑記)

日々のあらあらまあまあなしでかしことを過去も含めて書きつづり中。誤字脱字の多さは見逃しあれ〜。後日コッソリ直したりしています。

傘と私

 「母さん、僕のチューリップはどこに行ったんでしょうか?」
小学校の入学式で貰ったチューリップの球根の鉢植えはいつまでたってもつぼみがつかず、ある日、鉢と土を残して行方不明に。
 母曰く「台風で飛んで行ってしまったのよ」。が、台風で鉢植えの植物が飛ぶなんてあるのかしらと子どもながらに母を疑っていた小学生のぱややん者。(その後何度もの台風到来も鉢植えに被害はなかったので疑いは晴れず。が母がわざわざ捨てるとも思えず真相は不明)

 と自然の威力をチョロく考えていたぱややん者は、イースター島に行ったことがある。モアイ像で有名な島にぜひ行きたい友達の案に乗っかり、添乗員さん付きのツアー旅行で、旅行会社から事前説明で「雨季は雨風が強いので傘は無理、カッパ着用」と言われたのにも関わらず、ぱややん者はお気に入りの空色の折り畳み傘を持参、島に着いた翌日、ホテルからの外出しようとして、一歩外出て、すぐに傘はブロークン。無念で日本まで持ち帰り、やはり使えないので泣く泣く捨てる。
 が懲りず、数年前の7月の沖縄旅行で、台風一過の豪雨強風にもめげずに一人外出しようとホテルの玄関出てすぐ強風で折り畳み傘はやっぱりブロークン。(沖縄では上陸中ももちろん、離れた後も風の影響がすごいそうです)

 因みにその一瞬で全身ずぶ濡れになり、もうこれ以上濡れても一緒と変な覚悟が出来て、ホテルの売店で頑丈なカーボングラスの傘とビニール合羽をゲットして、雷の大雨にもめげず斎場御嶽(せーふぁうたき)の観光に繰り出す。(悩んでいたらタクシーの運転手さんにそそのかされたため)。
 「この道は晴れると眺めが素敵なんだけどね」と大雨の中、タクシーの運転手さんの若い頃の沖縄返還の日などの思い出話を聞きながら、憧れの斎場御嶽に到着。着いたら、雨の勢いがより強く、雷様も御到来、辺りも暗くなり雰囲気有りすぎ。池上永一さんの小説で憧れた初御嶽なので、悪天候もなんのその、却って観光客が少ないからゆっくり参拝できると頑張り、路線バスはなかなか来ないよというので待ってもらっていたタクシーの運転手さんを長く待たせる。
 「やっと来たねえ」と運転手さんに呆れられながらタクシーに乗って出発。あれ、目の前に路線バスが走っているのは気づかなかったことに。街中のゆいレールの駅前でタクシーを下車。駅にとりあえず向かったら、悪天候で休止中のゆいレールが後30分で再開すると聞き、ホームに停車中の電車に乗って、出発待つ。

 「おおい、誰か駅の券売機に傘を置き忘れているよ」と駅員さんから声がかかり、手元を見るとまさかのマイ傘の不在。「はーい、私のです。ありがとうございます」と慌てて取りに駆けるぱややん者の姿に皆さん「声かけてもらってよかったね~」など優しいお言葉と微笑みを多々いただく。
 県立美術館のある駅で、下車して、駅のエレベーターに乗り込み、1階で降りようとしたら、駅前の建物の配置のせいか信じられない程の超ビル風で超強力雨の水しぶきで、歩くの無理と、エレベーターに退散。思わずなすごい状況に居合わせた見ず知らずの観光客の女性達と笑いあう。(しばらく待ってやや雨足がやんだので走って広い道路に抜けたらビル風がなくなり、なんとか歩ける程度になり沖縄観光続行。
 その前までは雨の日の外出ってイヤンと極力避けていたのに、以来、大雨大風ドンと来いと度胸というか無謀な心構えが出来て臆することなくなり、沖縄(自然)への愛がますます増加。

 が、台風でまさかのピンチは、前の勤務先で台風で大雨の日に事務所の前の廊下に塗れた傘を干しておいたら紛失。残業した夜のやや遅い時間で、こんな台風の夜に傘を盗難するなんて酷い人が入るとぷりぷり憤怒していたが、ふとひらめいて、傘を干していた廊下のすぐ脇にある階段を下りて、食堂に向かう廊下に、傘発見!! なんとあまりの風圧に傘が廊下の脇の階段を下って地下の廊下を進む大移動。チューリップ消失の時のように人為の工作も疑いたいが、やはりわざわざそんなことする理由もないので、自然の力のもよう。
 皆様、風の強い日の傘の取り扱いにはご注意ください。

 ちなみに我が家は三人きょうだいで、もらい物があると年長者から分け与えられていく家庭内ずるいルールがあり、結婚式の引き出物の傘は、青い傘は兄に、赤い傘は姉に、末子のぱやん者はなし。近所の学校に通っていた時期で折りたたみ傘は使わない時期でもあったので妥当な配分ではあったのですが。
 ちなみにその後に中年男性以上が好きそうな渋いブランドの傘のもらい物があり、ぱややん者にも分け与えられたのですが、あまりの柄の渋さに貰っても微妙と不平ながらも利用。がそれも壊れて、その後初めて自分で買った空色の傘は本当に嬉しい大切なものになりました。(若い頃は今のように安い商品が少ないし、我が家は持っているのに可愛い柄のために買い物をするようなことも許される雰囲気は無かったので)